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  • sakura-tokyo

#29 ショートショート その3

「アイン カフェ ビッテ」

よく通るウエイトレスの声が店の奥の方で軽やかに響いた。

グラスの泡が弾けるような心地よいざわめきのなか、私はぼんやりとコーヒーカップを見つめていた。ビル・エヴァンスのピアノが静かに流れている。


自動ドアが開くと微かに山下達郎のクリスマス・イブが流れ込んできた。

すっかり日は落ち、間接照明に浮かび上がった店内で私は面を上げて目を凝らした。

「・・・・・」


私は再びコーヒーカップに視線を落とした。


ふと窓の外を見ると赤坂東急ホテルはすっかりクリスマスの装いを済ませていた。

行き交う人々の足取りも心なしか活気づいているようだった。

街はその装いに酩酊しているように浮き足立っていた。


「ピン!」

私は心地よく響く金属音と共にジッポの蓋を跳ね上げた。

「シュボッ!」

「カシュッ!」

程好く緩んだ蓋は滑らかに閉まり掌に収まった。

真鍮無垢ブラッシュ仕上げ、装飾は何も施されていない。

シンプルな安物だが私の手に馴染み手放せなくなっていた。


「・・・俺はハワイ辺りに不時着してるんじゃないかと思うよ」

ふと耳を澄ますと、緩やかに立ち上る紫煙の向こう側から男の声が聞こえてきた。

「えー、でも行方不明だってテレビでも言ってたじゃない」

「絶対に見捨てるわけ無いよ、どこかで確保してハワイ辺りに強制着陸してると思うよ」


そういえばもうすっかりニュースでも聞かなくなったな・・・。

私はファンタジー号という沢山の風船と共にアメリカを目指し、存在がファンタジーになってしまったおじさんを思った。


また自動ドアが開いた。


最近よく耳にする稲垣純一のクリスマスキャロルの何とか・・・が流れ込んできた。

山下達郎とワムの牙城を崩せるのだろうか・・・。


時計を見ると約束の時間を30分以上過ぎていた。

私は席を立ち、ウエイトレスに一声掛けてから公衆電話へ向かった。


テレフォンカードを差込み、自分のマンションへ電話を掛けた。

留守番電話のメッセージが再生された。

自分の声を聞くというむず痒い行為を早々に切り上げ、暗証番号を打ち込む。

「用件1件です」

無機質な声が告げた。

「用件を再生します」


「ごめんなさい、遅れちゃって・・・」

彼女の声は、少し息切れしているようだった。

「ローゼンに行こうと思ったんだけど、ベルビーの入り口がもう閉まってて・・・」

「帰ります・・・」


私は驚き慌てて彼女の部屋へ電話を掛けた。


留守番電話の中の彼女は、申し訳なさそうにメッセージを残すように促した。

私は少し呆然としてふとエスカレーターへ目を向けた。


そこでは既にサンタクロースを取り外し、慌しく門松のボードを貼り付けている作業員達がいた。エスカレーターはもう止まっていた。


慌てて戻り、ウエイトレスに確認した。

上品に微笑む彼女が指し示す先には、別の出入り口があった。


バツの悪い笑いを浮かべ私は会計を済ませた。

その目立たない出入り口から階段を下りると、目の前には赤坂東急ホテルがあった。

タクシーが多い、殺気立っていた。


なぜだか少し笑えてきた。


駅に向かって歩き出そうとしたが、ふと気が変わり歩道橋へ向かった。


歩道橋の上から見るニューオータニとプリンスホテルは、眩く輝きなんだかとても楽しそうだった。

太ったサンタと共に赤いリボンでラッピングされたプリンスホテルを見ると、また少し笑えてきた。

ネオンが 1992 X’mas と瞬いていた。


私はジッポの手触りを確かめ煙草に火を灯した。

「1mm 何か足りない・・・」

街のざわめきのなか、稲垣純一が神経質に何か叫んでいた。


ゆっくりと吐き出した白い煙は淡く夜空に溶け込んで行った。

ビルの影から一瞬、沢山のカラフルな風船に掴まったおじさんが見えた気がした。


私は彼女からの電話を部屋で待つために踵を返して駅へ向かった。



文責

桜栗英人

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